ZAZEN BOYS 6thアルバム『らんど』
前回のアルバムが 5thアルバム『すとーりーず』なので、12年ぶりの6枚目フルアルバムになる
2018年に吉田一郎が脱退、MIYAが加入したことによって作成されたアルバム
といってもリリースは2024年なので制作に6年近く費やしていることになる
これに関しては、MIYA加入直後に『杉並の少年』『黄泉の国』はすぐに作ったものの、そこからNUMBER GIRL再結成、新型コロナパンデミックなど色々なことが重なった結果らしい
NUMBER GIRL結成から20年以上が経ち、
「俺を見ろという自意識」と「俺ごときがという気持ち」
「嘆き」と「願い」
そんな相反する気持ちとMIYAさんの加入によるある種の(初期)衝動が生み出した傑作アルバム
インタビュー






DANBIRA
日本刀のことらしい
歌詞中で「DANBIRA 健康のために振り回す」というのは、日本刀を振り回していたら捕まっちゃうので、健康のためですよ、と言い訳しているらしい
ただ、やはり日本刀を振り回していると、ヒリツクだろうと、ヒリツかせたいと、そういうことらしい
ヒリツき感、殺伐、というのは向井秀徳が通して表現している世界観の一つ
この世は闇深くて、救いようがない世界である――大雑把に言うと、そういうことを歌っている部分も絶対にあるわけですね。ひとたび街を見渡せば、ひとびとは皆ささくれだっていてツラいんだ、と。ただ、それをそのままストレートに歌うってことは、あんまりしていないわけだ。ひとつ言えるのは、そういう場所に私は生きているんだっていうことを自分自身実感したいと、そういうつもりでつくってますよね。
私は人を癒すこともできないだろうし、救うこともできないだろう、と。そして、俺ごときが癒やそうとも思わないし、救おうとも思わない。
バラクーダ
向井秀徳、声に出して言いたい単語シリーズ
他には「honnojiで待ってる」「ポテトサラダ」「安眠棒」などがある
リズミック的快感がまず先にあるんだけれども、「バラクーダ」を連呼する楽曲に、何の気持ちをのせていくか。それを言葉で説明することはできないんだけれども、なにか見えてくるものがありますよね、と。それが千とせ師匠で言うところの「ワカルカナ? わかんねェだろうナ」っていうことだね
八方美人
一人称が女性になっている珍しい曲
他には「真っ昼間ガール」「SI・GE・KI」などがある
これらはそもそもが女性歌手が歌うという想定をもってして出来上がった曲らしいので、実際「真っ昼間ガール」に関しては田淵ひさ子バージョンが映像として残っている
この曲は元々ある女性グループに提供する予定で作っていたらしいが、ZAZEN BOYS臭が強すぎて、「こんな曲、歌えるわけねえだろ」ってことで採用されなかったらしい(笑)
出だしのベースがカッコよすぎて、「Idiot Funk」や「SI・GE・KI」を思い出すと、MIYAさんには悪いが、ぜひ吉田一郎バージョンを聞いてみたい一曲
というよりも、むしろ吉田一郎期に作られた曲なのではないか、と勘繰ってしまう一曲
チャイコフスキーでよろしく
向井が東京オリンピックの女子射撃の競技を見ている中で
ロシア人選手がメダルを獲るんですね。でもそのときは、ロシア選手はロシア代表として出ていないんです。表彰台でも国歌が演奏されない。そこで高らかに鳴り響いたチャイコフスキーの曲に感動したんです。さっきまで集中していた女性が、表彰台に立ってみるとどこにでもいるような、あどけない笑顔をしていて、ちょっと誇らしげにチャイコフスキーをバックに立っている。その姿に、うだるような真夏の熱気も相まって感動したわけ
ブルーサンダー
「ブルーサンダー」は1983年公開の、ロイ・シャイダー主演の映画
ようは向井秀徳のOMOIDE IN MY HEADな曲であって、フラッシュバック現象なわけである
歌詞の中には1983年、1988年、1996年と三つの年が出てくる
杉並の少年・黄泉の国
二曲ともMIYA加入後にすぐ作られた曲
他の曲と作成時期が違うので少し雰囲気が違うか
作られたのが早いこともあって、『らんど』リリース前から、新曲やります、と言ってライブの後半で良くかけていた
そういうこともあって、ライブに足繁く通っていたファンには既に馴染みがある曲だろう
「杉並の少年」の最後に「すみませんー」という音声は、カシオマンの声らしく、本人的にミスをしたと思っていったのだが、向井的にはどこ間違えたのかわからず、しかもそのテイクをそのまま採用するという謎ムーブ
生でレコーディングしているから、もうしょうがない。だから消しようがないよね。
完全に余談だが、サカナクションの「目が明く藍色」という曲でも、ボーカルの山口さんの「コポォゥ!!」という声が終盤に入っており、似たようなミステイクらしい
こういうの結構好き
公園には誰もいない
明言はされていないが、この曲も前の二曲と近い時期に作られたのではないか
というのも、こちらの曲も『らんど』リリース前からライブで何度か聞いたことがある気がする
内容的には「杉並の少年」「YAKIIMO」と合わせて、向井秀徳 冷凍都市シリーズの一つだと思う
ブッカツ帰りのハイスクールボーイ
「夕暮れ時間に、バレーボール部か柔道部か、学生たちがたむろっている、その姿を見て『若いっていいなー』と思いました」みたいなことをXに書いてもさ、あるいはインスタグラムのストーリーズに投稿したところで、なんの気持ちも晴れないわけです。(でも)何か感じたわけだ。ハートが動かされたわけだ。「若いっていいなー、それに比べて俺は年取ったな」という気持ちの動き方なのか、「俺にもああいうときがあったなー」という気持ちの動き方なのか、その姿に純粋さを見出して愛おしいと思ったのか。こうやってひとつひとつ探っていくと、いろんなことがあるんやけど、どれひとつ取っても――うん、そういうこっちゃないわけです。何かを感じたわけです、何かを。それを言い表すことができないから、気持ちが晴れないわけですよ。じゃあどうするかっていったら、ギターを鳴らすわけです。
(中略)~ロックンロールというのはそういうものだと思ってますね。
永遠少女
向井秀徳作の「少女」を冠するシリーズで、この曲のみYouTubeにPVとしてカットしてアップされている6thアルバム『らんど』のメイン曲
PVが作成されたのは実に「Weekend」以来15年ぶり
作曲されたのはウクライナ戦争勃発より前らしく、MIYAさんの加入と戦争が焦点の曲
この一曲ができただけでもMIYAさんの加入には素晴らしい価値があった
以下、MIYAさんのツイッターの引用
私は寂しくて辛い曲が苦手です。
なんでかって大正時代の家族に色々聞いてるから。でもこの曲を演奏するために今までベース弾いていたんだなと思いました。
向井さんの詩は、端から見ただけでは基本的には意味不明であり、本人の心象風景であったり、妄想・想像・言いたいだけが詰まっただけのものが多い
逆に明確に意味・メッセージを持った歌詞というのがほとんど無い
が、この曲は違う
明らかに意図があるし、それを明確に伝えている
曲自体は2コードが繰り返されるだけで、このリフが向井に刺さりすぎたようで、この曲には強い歌詞を乗せないと勝てない、と思ったとのこと
表現するとしたら、「人間ちゅうのはこんなもんだ」っていうことを、はっきり言う、と。そこから始めたわけです。この世の中は嘘ばかりだ、と。特に大人は嘘にまみれている、と。でも、人間というのはそういうもんなんです。
つらい情景を歌うことによって、少しでもイマジネーションに繋がればいいなと思ったし、これを今歌わなきゃいけないという、ある種の使命感みたいなものは少なからずある。
自発的に、ひとりひとりとして想像したり、ものを考えたりしたいと思っているんです。そうやって自分自身で考えるっていうことをするべきだと、ワタシは思っているんですね。わからないなら、探してほしい。そういうメッセージはぶち込んだよね。
自問自答にも近い歌詞があるが、より直接的に歌っているこの曲は、本人も辛いらしく、嫌だ、とのこと
それでもそれなりに使命を感じて、嫌でも歌うと
探せ、探せ、探せ!!!
YAKIIMO
乱土・胸焼けうどんの作り方
終わりの方で聞こえる向井の声は「どげんだっちゃよか(どうなってもいい)」と言っているらしい
「ヴォーカル・レコーディング、これで勘弁してくれ!」って自分自身の気持ちかな。
きっとヤケクソで言ってしまったんだな。
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